大判例

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札幌地方裁判所 昭和24年(ワ)272号 判決

原告 長尾重太郎

被告 國

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して金百十六万九千六百円ならびに右金員に対する昭和二十四年十月十五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支拂え。」との趣旨の判決ならびに担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は昭和四年頃から別紙目録<省略>記載の土地を所有していたところ、昭和七年三月二十七日当時の札幌税務署長は原告に対する昭和四年度第二期営業收益税外八件合計金百二十五円三十四銭の滞納処分のため原告所有の右土地全部合計五百町九反二畝二十四歩を差押え、翌八年四月十五日これを公賣し、訴外大島清治が代金三千五百六円五十銭で落札した。原告は右公賣処分に対し同年五月十三日当時の札幌税務監督局長に訴願を提起したところ、同年七月五日同局長は原告の訴願を棄却する旨の裁決をした。よつて原告は同年八月二十日前記差押えならびに公賣処分は必要な限度を超えるのみならず、公賣價格も低くすぎ、原告の権利を違法に侵害したものであり、右差押えならびに公賣処分を認容して原告の訴願を棄却した札幌税務監督局長の裁決もまた違法であるとして右局長を相手としてその取消しを求める訴えを行政裁判所に提起し、訴外大島清治は右訴訟に被告の從参加人として参加した。行政裁判所は昭和二十一年十一月十八日札幌税務署長の前記公賣処分ならびに札幌税務監督局長の前記裁決を取消す旨の判決をした。

右土地の上には昭和八年四月十五日の本件公賣当時五年乃至二十年生の樹木が密生していたのであるが、右土地を落札した訴外大島は落札直後自らこの樹木を伐採し木炭千五百八十七俵を生産販賣した外訴外小林粂治に右樹木を伐採させ、右訴外小林は木炭千二百三十七俵を生産販賣した。また右小林は右土地から訴外松浦宗吉をして護岸用小木(直徑一寸以下、長さ九尺乃至十二尺)五千三百三十二束(束は三尺一寸の長さの繩で結束したもの)を伐採搬出させた。右木炭は合計二千八百二十四俵でいずれも十貰俵であつて木炭は合計二万八千二百四十貰に達し、その原料木は約三千三百八十八石であり、また右護岸用小木はその平均の長さは九尺六寸であり、総石数は二百五十五石である。而して右各樹木を伐採せずに伐採時より現在まで自然に生育させれば、木炭の原料木は約一万百六十六石に、護岸用小木は千五百三十石に夫々増石し、合計一万千六百九十六石となるが、護岸用小木も右生育により薪炭材として使用しうるに至るので、以上の現在の時價は合計金百十六万九千六百円となる。

本件の違法な公賣処分がなかつたならば右各樹木は伐採されることもなく、原告は結局右に述べたような金百十六万九千六百円に相当する樹木を右土地上に所有しているはずであり、從つて原告は札幌税務署長の右違法な公賣処分によつて右土地上の前記樹木を失つたことによりその現在の時價である金百十六万九千六百円相当の損害を蒙つたのである。さて札幌税務署長は被告國の行政機関であり、民法第七百十五條にいう被用者であり、右公賣処分は國の事業の執行とみるべきであるので、被告國は右札幌税務署長が原告に蒙らせた損害を賠償する義務がある。よつてその履行を求めるため本訴に及んだ次第であると陳述し、被告の答弁に対して、

日本國憲法第十七條に規定されている公務員の不法行爲によつて損害を蒙つた者が國家又は公共團体にその賠償を求める権利は、日本國憲法によつて創設されたものではなく同法第九十七條の基本的人権に属するものであつて、日本國憲法の施行前にも國民の権利として存在したのでありこのことは同法第十一條に照らしても明白である。ただ現在のような明文の規定がなく、また事実上無視されていたにすぎない。よつて日本國憲法の施行前に公務員の不法行爲によつて損害を蒙つたものも國又は公共團体にその賠償を求めうると解すべきでありその法令上の根拠としては、民法第七百十五條を適用すべきであると述べた。

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の事実中、本件土地上にあつた樹木に対し原告主張のような伐採がなされたことは知らない。札幌税務署長の本件公賣処分によつて原告がその主張の損害を蒙つたことおよび被告にその賠償をする義務があることは否認する。また原告主張の損害額は爭う。その余の事実は認める。札幌税務署長の本件差押ならびに公賣処分は國税徴收法によるものであつて、國の公権力の行使に外ならない。民法第七百十五條の規定は國が私企業を営みあるいは私法的活動をする場合にのみ國に適用されるのであつて本件のように國家公務員が國の公権力を行使した場合には適用されない。而して日本國憲法施行前には公権力の違法な行使による損害の賠償を國に求めることを認めた法令は存在せず、民法の不正行爲に関する規定がかゝる場合に適用されないことは判例学説の一致した見解であつた。かゝる不合理を是正するために設けられた日本國憲法第十七條の規定に基いて制定された國家賠償法は同法附則第六項により、同法施行前の行爲である本件の違法処分には適用されず、從つて本件違法処分によつて蒙つた損害の賠償を被告國に対して求める原告の請求はそれ自体に於て失当であり棄却を免がれないと述べた。

三、理  由

原告の本訴請求原因の要旨は、

原告は別紙目録記載の土地を所有していたところ、昭和八年四月十五日被告國の行政官吏である札幌税務署長が右土地について國税徴收法に基く滞納処分として違法な公賣処分をし、そのため訴外大島清吉がこれを落札し、右訴外人外数名の者が右土地上の樹木を伐採した。右公賣処分は昭和二十一年十一月十八日行政裁判所の判決によつて取消されたのであるが、右の伐採された樹木は現在まで自然に生育すれば時價金百十六万九千六百円に相当する。原告は右の違法な公賣処分によつて右樹木を失い、よつてその現在の時價である前記金額に相当する損害を蒙つたので、右公賣処分をした札幌税務署長の使用者である被告國に対してその賠償を求めるというのである。

よつて考えるのに、國家公務員の違法な公権力の行使による損害の賠償責任が國にあることは、日本國憲法第十七條およびこれに基いて制定された國家賠償法に規定されているが、國家賠償法附則第六項によつて、同法の施行された昭和二十一年十月二十七日以前の行爲については同法の適用はなく、從前の例によるとされている。しからば從前の例とはどうかというと、日本國憲法の施行前に於ては、國家の公権力の行使については民法の規定は排除され、その他國家の賠償責任を認めた法令がないから國家の公権力の違法な行使によつて損害を蒙つてもその賠償を國に求めることは出來ないというのが、学説判例の一致する見解であつたし、当時の解釈としては妥当であつたというべきである。原告は日本國憲法第十七條に規定されている國民の國家に対し賠償を求める権利は同法第九十七條、第十一條の基本的人権であり、日本國憲法によつて創設されたものではなく、旧憲法下に於ても存在したものであると主張するが、日本國憲法第十一條、第九十七條にいう基本的人権とはかならずしも同法第十二條の「この憲法が國民に保障する自由及び権利」のすべてを含むものではなく、主として所謂自由権、参政権等を指すのであつて、國に対して賠償を求める権利を含まないことは基本的人権という概念の歴史上の沿革から見ても明白なところであり、國家の賠償責任は日本國憲法第十七條によつて創設されたものであると解釈される。そして本件の公賣処分が國家公権力の行使であることは勿論であるし、かつ日本國憲法の施行前になされたのであるから、たとえそれが不法行爲であつて、そのため原告がその主張する損害を蒙つたとしても、國に対してその賠償を求めることは出來ないことは以上述べたところによつて明白である。

從つて原告の本訴請求は他の爭点について判断を下すまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 斎藤敏之 横山茂晴 矢吹幸太郎)

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